迷子の警察音楽隊

寂しい街で、温かい交わり



  

なんともとぼけた、でも味のあるお話し。
言葉で書いてしまうとカンタン。エジプトからイスラエルの音楽会に招かれた8名の警察音楽隊。何かの手違いで空港に迎えが来ていない。仕方ないから路線バスで目的地に向かうが、音楽隊がバスから下ろされたのはローカルな団地。雑貨屋兼食堂で尋ねると、良く似た地名だけど別の場所だと判明するも、次のバスは朝まで無い。途方に暮れる音楽隊の面々はこの食堂のおかみさんや常連さんの家で一夜を明かすことに...。

これが、フランスやドイツの地方都市なら微笑ましい異文化交流にしか過ぎない。
しかし、舞台がイスラエルで、やって来たのがアラブのエジプト人であるところがこのお話しの大きなミソ。そんな台詞は一言もないのに、画面からはそこはかとなく漂う緊張感が何とも言えない。
人種や民族、部族、宗教そしてイデオロギーの違いなど、ヒトは数が集まればロクなことにならないけれど、個人と個人であればそこにあるのは、ギスギスしたものではなく、人間同士の当たり前の交流。つたない言葉を交わし、音楽を奏でればいつしか思いが通じることもある。

サイドを飾るエピソードが素晴らしい!
いつ鳴るかわからないガールフレンドからの電話を夜通し公衆電話の前で待つ青年。好意を寄せてくれている女の子にどういうふうに接したらいいのかわからないとぼけた男。いつまでたっても副官で指揮者になれない楽団員がアタマを悩ませている協奏曲のエンディング...。
それぞれに味があり、ストーリーに厚みを増している。
団長のトゥフィーク、副官のシモン、若くてどこか投げやりなカーレド(警察官には見えないけどね!)、そして食堂の女主人ディナ。
物語りが動き始める前から、何かあるぞと思わせながら、実は何もない。それぞれが、またそれぞれの日常に戻っていくんだけれど、日常と日常の間に挟まれたこの一夜は、誰にも忘れることが出来ないひと晩となる。

素晴らしいのか、素晴らしくないのか。面白いのか、そうでもないのか。それはこの映画を観る人によってだいぶ違うと思う。
国際情勢やこの物語りの背景なんて知らなくても別に構わない。そんなことではなく、人生の中でただ一度だけ交差して、そしてまた全く違う方向に向かって行くそれぞれの人生に思いを馳せながら、ニヤッと楽しめばいいのではないでしょうか。
チャンスがあればご覧になってもソンはない佳作だと思います。まずまずのオススメ。大人しくて静かな作品だけど、出来れば大きいスクリーンで集中してご覧になって欲しいです。

しかし、音楽隊の制服、ずいぶんとハデ。
あと、“ベイト・ティクバ「希望の家」”と“ペタハ・ティクバ「希望を開く」”をもう少しわかりやすく表現して欲しかったなぁ...(何となくはわかるんだけどね)。

おしまい。