ここに幸あり

こんな映画を観て何かを取り戻したい



  

オタール・イオセリアーニ監督の新作。
ボクは幸か不幸か「素敵な歌と舟はゆく」「月曜日に乾杯!」も拝見しています。
う〜む。この監督の描く世界はこんな世界だった(すっかり忘れてた)。主旋律がない協奏曲のような感じ。一応主人公はいるんだけど、彼にかかわるいろんな人たちがいろんな旋律をかき鳴らしていて、それがまとまっているようなまとまっていないような...。今回の「ここに幸あり」も全くそんな感じ。

どうしてこんな人が大臣なのかわからないけど、とにかく何か失政をやらかして罷免やむなきに至るところから物語りは始まる。愛人なのか夫人なのかしらないけど、同居している女性はなかなか個性が強くて面白い。公邸を明け渡す。大臣だけど、ブレーンも取り巻きもいなくて、鍵を閉めにきた若い女性に同乗をお願いしてスクーターに二人乗りをして私邸(?)があるダウンタウンに繰り出す...。
公園や街角で会う昔馴染み、母親や妹、謎の女友達、勝手に私邸に入り込んで居座っている移民たち...、どんどん出てくるいろんな人たちがちっとも覚えられないけど、彼らが屈託なく毎日を過ごしているところが実にいい。
底抜けとも思える明るさはいいのだけれど、日本語字幕があるにも関わらず、こっちはなかなかその明るさに付いていけないのは、なんだかちびっと情けないぞ!

ただ、伝わってくるのは「肩書きやお金が幸福の唯一の価値観なのかというと、必ずしもそうではないのじゃないか」という製作者のメッセージ。これは明確だと思う。だけど、最低限以上の住む家(結局、移民たちには立ち退いてもらう)があって、お金も不自由しないほどあって(いい年して、母親からお小遣いをもらいそうになるけどね)、親や兄弟がいて、そして(お金は持ってないけど)親身になって話しを聞いてくれたり遊んだり飲んでくれる温かい友人たちがいればだけど...。

でもね、そんな難しいことは考えることはなくて、ヨーロッパの街角のアパートメントや緑豊かな公園にベンチ。そんな日本ではお目にかかれそうにない雰囲気を味わいながらのほほんとスクリーンを眺めているだけで、張り詰めた心がほんのすこしだけだけど、安らいでいくような気がしますょ、まったく...。

もう上映は終了しています(きっと)。のんびりとした雰囲気を意味もなく味わいたいときにでもご覧いただければいいのではないでしょうか。

おしまい。