「受取人不明/Address Unknown」

強引にぐいぐいと引っ張り込まれる


  

韓国観光公社の本部はロッテ百貨店から北へ二筋上がって、清河渓の通りに面して左(西)へ入って二つ目のビル。観光案内などの業務を行うカウンターはこのビルの地下一階。
ここから更に一筋北(鐘路)へ上がり、どんどん西へ進むと道路沿いは工事中で少し淋しくなるが、やがて光化門という地区。そこに建つかっこいいビルがシネキューブが入っている生命保険会社のビル。観光公社から徒歩でおよそ15分ほど。地下鉄のどの駅からも近くない。
シネキューブ、アートキューブはこのビルの地下二階。ちょっと変わった映画を上映していることが多く、韓国では数少ないアート系の作品を上映する映画館。地下のエントランスの壁面にはイラン映画「酔っ払った馬の時間」の大きなポスターが貼ってあります。
この週はシネキューブでドキュメンタリーの「送還」、アートキューブではキムギドク監督の特集上映。次週(韓国では大抵の場合、金曜が初日のようです、例外もありますのでご注意ください)はフランス映画「八人の女たち」が上映される予定。
今、韓国では上映される多くは韓国映画で、昨年のスクリーン占有率は50%を超えていたそうで、他にはハリウッドの映画がほとんど。だから「8人の女たち」などが上映される機会は少なさそうです。

で、この日拝見したのはキムギドク監督の特集上映の中で「受取人不明/Address Unknown」(2001年)。

とにかく観せる作品。
乱暴に荒っぽく、強引にぐいぐいとこの映画の世界へ引っ張り込まれる。
しかし、興業的にはさっぱりだったのも頷ける。観ていて決して楽しくないし、いわゆる面白いストーリーではない。

どこかはわからないけれど、在韓米軍基地がある街。この街に住む幾人かの人間模様を鮮烈に描いている。
最初の人物紹介がユニーク。
高校を出て基地の門の前にある画廊(写真館?)に勤める男・ジフン。彼と幼なじみでジフンと遊んでいた時の事故(悪ふざけ?)が原因で片目が悪いけれどかわいくてスタイルがいい女子高生のウノク(でも、目のせいでとよよんと暗い)。そして、黒人の米軍兵士と韓国人の母親との間に生まれたチャングン(ヤンドングン)。その他には、チャングンの母親。チャングンが働いている犬肉工場(?)のおっちゃん(チョジェヒョン)。基地の若い米軍兵士。そして、いつもジフンをいじめる二人組の若者。
ただ、登場人物たちは例外なく、スネに傷を持っているというか、どこか屈折している。その屈折感の描き方も見事。

この映画のタイトルは、チャングンの父親に宛てて書く手紙、書いても書いてもいつも「宛先不明」のスタンプが押され、返って来てしまうことか。ただ、このエピソードが核となり全体のストーリーをリードしているわけではなく、幾つかのサイドストーリーが交錯しながら全体の流れが彩られていく。
登場人物たちが持つ屈折感は決して晴れはしない。それどころか、その屈折感や劣等感を打破しようとするのではなく、受け入れてしまっているところがある。ちょっと悲しいね。
この映画が撮られた2001年は決して悪い年ではなく、韓国はIMF時代から立ち直りつつあり、景気は悪くなかったはずだ。なのに、この映画を撮ったキムギドクの意図は何だったのだろう? アメリカに対する劣等感ではなく、人間であれば誰もが持っているであろう陰の部分に敢えて光を当てたのか...。

観ていて、何か居たたまれなくなるような悲しさを、意外なことにドライにさらっと、そして淡々と描いている。湿っぽくなっても不思議ではない内容だけど、どこかカラッと描写している。時には笑いを誘われるシーンすらある(眼帯で行列するシーンなどは面白かった)。
カメラは決して感情的にならず、傍観を決め込んでいる。途中、何人かは死んでしまうんだけど、その描き方も頼りないぐらいあっさりとしている。なんかブラックなユーモアを感じさせさえする。

調べてみると、時期は不明だが、日本での公開も予定されているようです。是非にとは申しませんが、「悪い男」などでキムギドク監督に興味を持たれた方にとっては「観ておくべき」作品なのかもしれません。
ボクは今回、この作品をスクリーンで拝見するチャンスに恵まれてラッキーでした。
この回のお客さんは僅かに7人だけ。それも仕方ないかもしれないなぁ。

おしまい。

※この回は初版掲載後、一部加筆修正し再掲載しました(2004/03/29)