「君はこの国を好きか」

鷺沢萠 新潮文庫 438円


  

毎日毎日書店さんに行っているのだからいい加減にあきてきそうだけど、そうでもない。ぴくぴくとボクの好奇心を刺激してくれる本との出会いがある。まぁ、そんな本との出会いがあるのは毎日じゃないけどね。
今回ご紹介する本とは何年か前に出会った。そんな本だ。知らない間に文庫に入っていた(「楽隊のうさぎ」のカバー見返しに印刷されていて知った)。この本を買うのは3回目、実は単行本でも2回買っている。
震災に遭って以来、読んだ本はなるべく手元に残さない主義になった(瓦礫の中で雨に濡れていく自分の本をどうしようもなく眺めているほどつらい体験は無いからだ)。それでも、探せば50冊は出てくるだろうけど。
同じ本を何度も買うのはそうあることではない。それほど「君はこの国を好きか」は読ませてくれる本なのだ。

ボクは、主人公にちょっと無責任な嫉妬を感じてしまう。

それだけボク自身毎日毎日ただただ押し流されて生きてしまい、「自分は何者なのか?」なんて考えたこともないからだ。おそらく多くの日本にすむ日本人はそうだろう(と思う)。
主人公たちもきっと、そんなことは立ち止まって考えたくはないだろうけれど、彼らにそれを考えさせてしまうところに日本の恐ろしさがあり、日本に住む朝鮮人の方々が置かれている微妙な立場がある。

この本には「ほんとうの夏」「君はこの国が好きか」の中篇2作品が収められている。それぞれ主人公は別の人だが、そこに書かれているテーマは同じだ。
あえて言うと動機編と行動編。
この本の主人公は、自分のアイデンティテーというか存在理由というか、自分探しの旅に出かける。強烈なインパクトを与えてくれ、内容もとても濃い。そんなまだ若い在日コリアン三世のお話し。

主人公やこの小説に出てくる人たちは皆嫌味がなくいい人ばかりだ。
そんな中、主人公たちが声高く叫ぶのは、自分が如何に日本で差別的な扱いを受けそれを甘受せざるを得ないということではない。「自分は一体何者なのか?」というしごく根源的な疑問にぶつかったことだ。
日本に住んで、日本語の教育を受けて、日本人と大きく変わらない生活をしているけれど、自分は日本人ではない。税金は納めているが選挙権は無い。外国人登録証は携行しなければいけないけど運転免許をとることはできる。
だけど、ハングルをしゃべることも読むことも書くことも出来ない。
ソウルの空港で入国審査の時に「韓国人」の列に並び、審査官からハングルで質問されてもチンプンカンプンだ。「ハングルが出来ない」と英語で伝えるとごっつい怖い顔つきで「何故だ?」と聞き返される。
外国に行き「Where are you from?」と尋ねられたときも困ってしまう。
「日本から来た」と言えば、相手には日本人だと理解されてしまう。でも本当はコリアンなのだ、「日本から来た」のも本当だし、答えに困ってしまう。
そして、ふと立ち止まって考えるのだ「自分は本当に何者なのか」と。

著者は「自分は何者なのか?」という問いかけに対して「韓国へ行きハングルを身に付ける」という答えを出す。
そして、自分の分身である「君はこの国を好きか」の主人公・アミをソウルへ旅立たせる。

我が身を振り返って、ボクは「自分は何者か?」と考えたことがあっただろうか。この40年間そんなことは考えたことも無く、ただただ駆け足で生きてきただけ。たまには立ち止まって自分の足元をじっくり見てみたい、そんな気にさせられる。

「ほんとうの夏」「君はこの国が好きか」の二作とも爽やかな青春小説に仕上がっています。在日コリアン、ハングル、韓国といったキーワードに関係なく一読されることをおすすめします。

おしまい。