スーパースター カム・サヨン

きっと左投げの特訓したんやろうなぁ...



  

「拳が泣く」では超満員で、熱気すら感じたリサイタルホール。人波は去り、淋しさすら覚える。
この年は韓流シネフェスもあったので、イボムスの出演作も何本も上映されている。ルックスのせいなのか、彼は騒がれたり、いわゆる韓流スターとして扱われていないのは、ちびっと残念だなぁ。ボクは、この芸達者なイボムスが大好きです。

ついこのあいだ関川夏央の「新装版 ソウルの練習問題」(集英社文庫 ISBN:4087478831)を読んだばかりだった。この本の中に韓国のプロ野球黎明期にあった「三味スーパースターズ」についての記述が多くあった。
だからこの「スーパースター カム・サヨン」のストーリーには入っていきやすかった。

ソウル近郊の(たぶん)仁川。ここの大企業(?)にホワイトカラーで勤務しているカムサヨン(イボムス)は、野球が大好き。今も勤めながらアマチュアのチームで投手をしている。
そんな時に目にしたのが、なんと自分が勤める会社が親会社となって、来年から始まるプロ野球に参入するというのだ。おまけに、選手も公募するらしい。
今の生活に何の不満があるわけではないカムサヨンだけど、心が揺れる。野球が好きだ。駄目かもしれないけれど、自分の力を一度試してみたい...。

小学生が地元のサッカークラブに入って、めきめきと頭角を現す。「夢は何?」とたずねたら「Jリーグの選手になって、ワールドカップに出る」と答える。こんな場合は可能性もないわけじゃないし、その夢に向かって頑張ってほしいと思う。しかし、大学を出て草野球を楽しんでいる20歳を過ぎた青年に同じ質問をして「タイガースに入団して、岡田監督を胴上げする」という答えが返ってきたら、それは苦笑するしかない。

だけど、1982年当時の韓国において、プロ野球はまだ始まったばかり。だれにだって「ひょっとしたら...」という思いはあったのに違いない。

勤務時間中、仕事を抜け出し、選手選考会が開かれているグラウンドへスーツに革靴のまま自転車で駆けつける。その純粋に夢を追いかける姿に、ボクは単純に嫉妬してしまう。
そのまま「顔だけは大リーガー」の捕手(イヒョクチェ、この人今後紹介する「TWO GUYS」にも印象に残る役で出演してますね)にも認められ、見事入団を果たす。
しかし、現実はそうは甘くない。チームは連戦連敗。勝てないだけではなく、チーム内の雰囲気もバラバラ。このままでは、空中分解も起こってしまいそうだ。にもかかわらず、カムサヨンには登板機会が与えられない。速球派ではなくコントロール主体の技巧派では、いかにサウスポーであるとしても、サヨンにはチャンスもないのか...。
そんなサヨンにもようやくチャンスが与えられた。しかし、それは勝負の行方が決まってからの登板。もちろん敗戦処理。

今は、まずプロ野球中継を見ないからよく知らないけど、昔、プロ野球中継は8時52分ごろになると、どんな展開であろうと「ブチ」っと中継が終了していた。当時の韓国でも同じようなものだったらしく、試合の終盤になって登場するサヨンは、彼が投球練習をしているうちにTVの中継が終了してしまう、そんな投手だったんですね。
そうこうしているうちに、サヨンにもチャンスが巡ってくる。いや、これはチャンスと呼んでいいのか。国民的スーパースターとなったOBベアーズのパクチョルミン投手が、開幕から続けている20連勝がかかったゲームに先発登板することになった。
「1勝でもいいから勝ちたい」そう念じていたサヨンの運命はいかに...。

なんか、日本のプロ野球は、応援対象としては身近ではあるかもしれないが、庶民にとっては遠いところにある存在で、昨日まで机を並べていた級友や職場の同僚がいきなりプロ入りするなんて考えられない。でも、どさくさ期には、そんなこともあったのかもしれないなぁ...。

名も無く、人々の記憶の中から消えていった選手を取り上げて、スポ根ものではなく、ヒューマンドラマとして構成しているところにとても好感が持てました(観ていても面白かったしね)。
淡い関係にある彼女。ひょっとして「受取人不明」の片目の女の子なのかと思ったら、同じなのは片目である(眼帯)だけで、なんと「オールド・ボーイ」でユジテのお姉さんを演じていたユンジンソという女優さんだったようですね。彼女の地下鉄でのシーンは微笑ましく、球場外でボールを拾うシーンはなんとも悲しいです。
もちろん、イボムスの熱演が素晴らしいのですが、リュスンス(同僚)、コンユ(OBの投手)といった名前が売れている俳優さんに加えて、キムスミ(サヨンの母親)、チョヒボン(サヨンの兄)そしてチャンハンソン(監督)といった芸達者も脇を固めていて、いい作品に仕上がっています。

劇場公開する予定と聞いていますので、チャンスがあればぜひどうぞ。
ほんわかと心が温まる作品だと思いますょ。

おしまい。