「一票のラブレター」

ナシムアブディに一票です


  

次の日はスカッと晴れ上がった。少々風は強く、気温も低めだけど、どことなく春の訪れが遠くないことを感じさせるようで気持ちがいい。ホントはこんな日には東京の雑踏の中ではなく、どこか山の中をほっつき歩いていたいものです。
前の晩は新宿に宿を取っていた、高層ビルの18階の部屋だったのに、どこかざわめいて落ち着かない。いつも泊まる半蔵門のホテルではこんなざわめきは感じないのになぁ。やっぱり土地柄なんですかね。不思議なもんです。

そんな平日の一本目は昨夜に続いて新宿武蔵野館。大阪では3月末に動物園前シネフェスタで公開予定のイラン映画「一票のラブレター」。まだ10時過ぎということもあってか、お客さんは10名ほど。
「運動靴と赤い金魚」以来、何本もイランの映画を観てきたけど、どれも素朴で心に残る作品ばかりだった。そして、この映画も決して派手なところは無いんだけど、静かに余韻に浸れる素晴らしい作品でした。

物語りの舞台はホルムズ海峡を臨むキシュ島(この島もよく舞台になるなぁ)。そんな海辺にある兵士が二人しかいない監視所に、ある朝、輸送機が箱を落としていく。パラシュートにぶら下げられた箱は朝焼けの中、ふんわりと地面へ。
その中には投票箱が収められていた。そう、今日は選挙の日。
上司からの命令書によると、派遣される選挙管理委員に同行して選挙の公平性を確保せよとのことだ。やがてボートに乗ってやって来たのは、まだ若い女性だった。
兵士はこの若い女性と投票箱をジープに載せ、島の中に票を集めに出掛けた...。

この二人のちぐはぐさは微笑みを誘うが、それよりもこの映画がボクに語りかけるのは、民主主義というか、投票する、政治に参加するとは何なのかと言うことだ。
キシュ島で繰り広げられる“選挙”には、正直驚かされる。ボクが今まで体験したり知ったりしているものとは全く違うからだ。これじゃぁなぁ。誰が立候補しているかも、その人がどんな政策を訴えているのか、そんな情報は一切持ち合わせていない(ように見えた)。
最初から選挙には何の興味も示さない人や、選挙をしても魚は獲れないと言ったり、神に投票してしまう人までいる。また、かなり遠くから投票をしに待っている人々もいれば、遠くから来たのに投票箱に巡り会えず伝言を残していく人もいる、彼らが残した伝言が書かれた岩の裏には、同じ伝言が4年前の日付で残されていた。
選挙に対する選挙管理委員の女の子の姿や、ある意味で選挙に参加したいと思う人々の姿を見て、ほんとに選挙に参加して投票すること(当たり前のように思っていた)の大切さを改めて知りました。

まぁ、そんな難しいことは関係なく、不承不承この女の子のお供をすることになった若い兵士とこの女の子の一日を見守っているだけでもこの映画は面白いのだ。
最初は、文字通りイヤイヤだったのが、一生懸命な彼女の姿を見ているうちに少しずつ態度が変わっていく。彼女が座る座席の位置がいつの間にか変わってしまうのが、なんか微笑ましいですね。

「ナシムアブディに投票する」

この兵士のほのかな思いが彼女に伝わったのかはわからない。もう少し時間があればなぁ。そんなことを思っていると、ボートではなくいきなり飛行機が着陸して彼女と投票箱を運び去ってしまう。きっとこの二人がもう一度会うことは無いんやろうな。

「次の選挙はいつ?」
「4年先よ」
「なんだ、そんな先か。年に何度かあればいいのに」

草原の真ん中に忽然とある故障した信号。これには笑ってしまいます。
ほのぼのとした佳作。お時間が許せば是非どうぞご覧ください。おすすめです。

おしまい。